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中山囃子連     禁無断複製・無断使用
会 長:吉澤 英明
流 派:小田原囃子若狭流
会員数: 約70人


 
記録によると昭和31年(1956)中山囃子連発足とある。当時、顧問小島仙之助、相談役山崎武夫、神田博、青木善次郎、梶田正三、小島好三、関根義一郎、関根長吉、会長平沼順吉、副会長須田伝助、田辺新雄、会計山崎操、小島良男の各氏で備品として横胴2個、附締太鼓2個、総員39名であた。昭和32年(1957)より33年(1958)にかけての入会者15名。入会金32年度30円、33年度50円。昭和43年(1968)船橋潮干狩り旅行を最後に旧囃子連は解散した。
 2年後の45年(1970)再び中山囃子連が発足。会長山崎操、副会長上原絖太郎、石森庸元、会計関根昭三。その年の7月15日、第1回夏祭り(天王様)が開始された。48年(1973)横胴張替え、49年(1974)には底抜け屋台を新造している。50年(1975)原町囃子連を師匠として本格的に囃子を習得し、53年(1978)山車完成後飯能まつりに初参加している(以前は居囃子)。54年(1979)には中山自治会幹部、囃子連幹部協議の上、中山囃子保存会が誕生。その後神輿の新調など活発に活動を広げ、平成14年(2002)には「中山囃子保存会」を改組し「中山祭典保存会」にしその下部組織として「中山囃子連」がある。平成14年(2002)には市民会館でのおはやしフェスティバルに出演、平成15年(2003)友好姉妹都市になった茨城県高萩市市役所での上演も行った。また平成15年(2003)さいたま市にある彩の国芸術劇場で行われた彩の国伝統芸能フェスティバルに飯能代表として出演し、子供から大人までが伝承につとめている。

中山囃子連は現在の体制、流派になってからは約30年と歴史が浅い、江戸時代には太鼓が町内で演じられていたという、ただ残念なことに流派や伝承系統など不明瞭なのだが、寺の住職の話では京都の囃子のようなものだったらしいと聞いているという話もある。
現在の囃子連は歴史的に浅いが、伝統芸能は時代と共に変化しているものである。次の世代につないでいける文化をつくっていきたい。
 また、祭りで曳きまわされる山車は中山町内の大工職人の手により総ケヤキづくりの廻り舞台つきの屋台となっている
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